仙台高等裁判所秋田支部 昭和32年(う)34号 判決
原審が原判示第二の(一)事実において原判示自動三輪車のガソリンタンクに点火し、タンクの口に高さ約五寸位、巾約三寸位の火を吹上がらせ右ガソリンの一部を焼燬した被告人の所為を、そのまま放置すればガソリンの加熱によつて右自動三輪車を焼燬するのみならず原判示木村屋にも飛火し大事に至るべき状態を生じさせもつて公共の危険を発生せしめたものと認定したことは所論のとおりである。しかして刑法第百十条にいわゆる「公共の危険」とは同条所定の物件に放火した行為が一般不特定の多数人をして同法第百八条及び第百九条の物件に延焼する結果を発生すべき虞があると客観的に思はせるに相当する状態を指称するのであつて物理上の結果発生の危険の有無は問わないものと解すべきところこれを本件につき検討するに原判決挙示の関係各証拠及び当審における事実取調の結果(当審検証調書及び当審証人秋元正夫の供述調書)を綜合すれば被告人は昭和三十一年十一月九日午前一時過ぎ頃木造町字照日十六番地所在料理店木村屋において偶々同料理店階下に居合せた坂田谷武雄と些細な誤解がもとで口論喧嘩し同人より数回殴打されたことに憤慨した挙句、同料理店前路上に置かれていた同人所有の自動三輪車を認めるや腹いせのためガソリンタンクの口蓋を外しタンク内のガソリンに火を点じて運転を不能ならしめようと決意し、人気のないすきをねらつて右タンクの口蓋を取つて所携のマツチでガソリンに点火しタンクの口に高さ約五寸位巾約三寸位の火を吹上らせたものであつて、右自動三輪車の置かれていた位置は間口五間半、奥行五間の木造木羽葺二階建家屋である木村屋方の玄関に向つて少しく右に寄つた女中部屋の前附近の道路脇であつて運転台より同家に最も近いところで三尺七寸、被告人が火を点じたタンクの口より同家までは僅かに六尺五寸の距離にあり、右運転台は天井と座席の背部及び側面が布製の幌で覆われていて右タンクの口より天井及び背部の幌までは夫々二尺五寸の距離にあり運転座席の前部、ハンドルとの中間に設置された約七リツトルのガソリンを容量する金属製の右タンクの口から前記火炎が吹上がれば運転台の幌に引火してこれを焼燬しその火が更に前記の距離にある木村屋に延焼する危険のあることは勿論タンク内のガソリンの加熱により直径一寸五分のタンクの口から沸騰したガソリンが飛散して引火し木村屋に延焼する危険のあることもこれを認めるに足る客観的状況にあつたこと及び右火炎を認めて直に帽子を被せて消止めた秋元正夫はその際その火が木村屋に延焼するのではないかと直観し危惧したという事実を夫々確認しうるのであるから以上の各事実を綜合すれば被告人の本件放火の所為が公共の危険を生ぜしめたと認めるのは相当であつて原審の認定に誤はない。秋元正夫が右タンクの火をたやすく消止めえたことは所論のとおりであるが、だからといつて既に発生した公共の危険性に消長を来すものとは解しえない。その他記録を精査するも原判決のこの点の認定につき所論のような事実誤認の違法があるとは認められない。既に事実関係において以上の如しとするならば前叙の如く物理上結果発生の危険の有無はこれを問わないのであるから原審が右タンク内のガソリンの容量、消火装置等を詳細検討した上で結果発生の危険が認めえられる状況にあつたかどうかの判断をしておらないからといつて理由に不備があるということはできないのであつてこの点の所論も採るをえない。論旨はいづれも理由がない。
(裁判長裁判官 松村美佐男 裁判官 三浦克己 裁判官 小友末知)